名古屋地方裁判所 昭和54年(行ウ)7号 判決 1981年9月21日
原告 栗田直明
被告 津島税務署長
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 原告
(一) 被告が昭和五二年一〇月二一日付で原告の昭和四八年分所得税についてした更正および過少申告加算税賦課決定各処分を取り消す。
(二) 被告が昭和五二年一〇月二一日付で原告の昭和四九年分所得税についてした更正および過少申告加算税賦課決定各処分を取り消す。
(三) 訴訟費用は、被告の負担とする。
2 被告
主文一、二項と同旨
二 当事者の主張
1 原告の請求原因
(一) 原告は、昭和四九年三月一一日、昭和四八年分の所得税につき、総所得金額を一九五万八三〇〇円、長期譲渡所得の金額を〇、納付すべき税額を五万六六〇〇円として確定申告したところ、被告は、昭和五二年一〇月二一日付をもつて、総所得金額を一九五万八三〇〇円、長期譲渡所得の金額を八一二万五〇〇円、納付すべき税額を一一二万四六〇〇円とする更正および過少申告加算税五万三四〇〇円を課する決定(以下「本件課税処分(一)」という。)をなした。
(二) 原告は、昭和五〇年三月一二日、昭和四九年分の所得税につき、総所得金額を二〇八万九七〇〇円、長期譲渡所得の金額を〇、納付すべき税額を五六〇〇円とする確定申告をしたところ、被告は、昭和五二年一〇月二一日付をもつて、総所得金額を二〇八万九七〇〇円、長期譲渡所得の金額を一五九五万八一〇〇円、納付すべき税額を二九九万七二〇〇円とする更正および過少申告加算税一四万九五〇〇円を課する決定(以下「本件課税処分(二)」という。)をなした(以上(一)(二)の経緯は別表該当欄記載のとおり)。
(三)(1) ところで、被告の本件課税処分(一)、(二)は、原告がなした別紙物件目録(一)ないし(四)記載の土地の譲渡取得につき、原告は、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三七条(昭和五〇年法一六号改正前のもの。以下同じ)に規定する特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の特例の適用を申請し、右事業用買換資産を被告より承認を受けた取得期限内である昭和五一年一二月三一日までに取得していないことを理由に措置法三七条の二第三項、国税通則法六五条一項に基づいてなされたものである。
(2) しかしながら、原告は、被告より承認を受けた右取得期限内である昭和五一年一二月三一日までに、事業用買換資産として別紙物件目録(五)記載の建物(以下「本件建物」という。)を新築し、同年六月一二日には表示登記を了し、その所有権を取得し、かつ、本件建物の敷地の地代や電気料の支払をしているのであるから、これを事業の用に供しているものと言うべきである。
してみると、被告の本件課税処分(一)(二)は、いずれも、買換資産の取得等につき事実を誤認したためなされた違法な処分である。
(3) 仮りに、原告が本件建物を前記承認期限までに取得せず、かつ、事業の用に供していないとしても、それは以下に述べるとおり、本件建物の建築を請け負つた株式会社西里工務店(以下「西里工務店」という。)の責に帰すべき事由によるものであつて、原告の責に帰すべき事由に基づくものではなく、かかる場合は、措置法三七条の適用に関しては、原告が、前記承認期間までに本件建物を取得し、かつ、事業の用に供しているものと同一視し、同条を適用すべきであり、措置法三七条の二、第二、三項の適用は排除されるべきものと考える。
すなわち、原告は、印刷業を営むものであるが、昭和四八年一二月三〇日、西里工務店との間に、事業用買換資産取得のために、本件建物(印刷工場兼貸事務所)の建築請負契約を結んだ。
右請負契約の大要は、次のとおりである。
(イ) 代金 三一〇〇万円
(ロ) 着工日、完成日、引渡日
昭和四九年一月八日着工、同年五月三一日完成、完成後一〇日以内に引渡。
(ハ) 発注建物(本件建物)の使用目的と設計の概要
本件建物は、原告が、印刷工場兼事務所(事務所は三階部分)として使用する目的で発注されたもので、このことは、西里工務店も熟知しており、印刷工場となる一、二階には、各種の印刷機およびその附属機械の搬入が予定されており、そのため、建物の一、二、三階の構造(高さ、床面積、荷重、電気容量)等の設計については、原告と西里工務店との間に、事前に詳細な約定がなされていた。
これを詳述すると、次のとおりである。
(一、二、三階の高さ)
一階は、床上より仕上り天井まで三・五米
二階は、床上より仕上り天井まで三・二米
三階は、床上より仕上り天井まで三米
(床面積)
各階とも各一六二平方米
(荷重)
一階 床厚五〇糎、鉄筋メツシユ入コンクリート、フローリング仕上げ、一平方米当りの荷重五〇〇kg以上
(電気容量)
一階 二六・七五KW以上
二階 五七・一五KVA以上
ところが、西里工務店は、約旨に反し、次の工事を施行してしまつた。
(一、二、三階の高さ)
一階 床上より仕上り天井まで二・八米
二階 床上より仕上り天井まで二・五米
三階 床上より仕上り天井まで二・四米
(荷重)
床の強度は、いずれも当初の設計より不足しており、特に、二階については、ALC板を使用しており、もし、前記機械類を搬入設置すれば、荷重により床が抜けるおそれがある。
(電気容量)
一、二階の電気容量 合計 六〇A
三階の電気容量 合計 八〇A
以上のとおり、西里工務店の完成した本件建物は、当初の約定に著しく反し、重大な瑕疵があり、このままでは、原告は、当初に約定した使用目的に従つて、使用する(本件建物に印刷機械を搬入して稼動する)ことは、不可能な状態である。
そこで、原告は、約定残代金の支払を拒否し、現在、西里工務店らに対し、本件建物の瑕疵を理由に、約旨どおりの建物引渡遅延による損害賠償請求ないし営業上の逸失利益の損害賠償請求等の訴訟を提起(名古屋地方裁判所昭和五一年(ワ)第八二三号、反訴同年(ワ)第一三五四号)し、目下係争中である。
以上のような本件建物に関する紛争の経緯に徴すれば、原告が本件建物を前記承認期限までに取得できず、かつ、事業の用に供することができない理由は、もつぱら西里工務店の責に帰すべき事由に基づくもので、原告が無責であることは明白である。
(4) よつて、違法な本件課税処分(一)(二)の取消を求める。
2 請求原因に対する被告の認否
(一) 請求原因(一)(二)は認める。
(二) 同(三)中、(1)は認める。
(2)中、原告が昭和五一年六月一二日、本件建物の表示登記を完了したことは認めるが、原告が本件建物の敷地の地代や電気料の支払をしていることは不知、その余は否認する。
(3)中、原告が西里工務店に対し三一〇〇万円で本件建物の建築を請け負わせたこと、その着工日、完成日、引渡日が原告主張のとおりであること、および原告が西里工務店らに対し本件建物の瑕疵を理由に名古屋地方裁判所に原告主張のとおりの損害賠償請求等の訴訟を提起し、現在係争中であることは認めるが、本件建物の請負契約締結日、発注建物の概要および本件建物の構造、本件建物の使用目的が原告の主張のとおりであることは不知、その余はすべて否認する。
3 被告の主張
(一) 本件課税処分(一)(二)の経緯
原告の昭和四八年分および昭和四九年分における確定申告から審査請求棄却裁決に至るまでの課税処分等の経緯は別表のとおりである。
(二) 本件課税処分(一)(二)の根拠
(昭和四八年分)
(1) 総所得金額 一九五万八三〇〇円
原告申告にかかる事業所得および不動産所得の合計額
(2) 長期譲渡所得の金額 八一二万五〇〇円(算式(イ)―(ロ)―(ハ))
(イ) 総収入金額 八五五万円
右金額は、原告が昭和四八年八月一〇日、訴外伊藤義男に対し、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地(一)」という。)を譲渡してえた金額である。
(ロ) 取得費 四二万七五〇〇円
原告は、本件土地(一)を昭和二七年一二月三一日以前から引き続き所有していたもので、その取得に要した費用は、措置法三一条の二第一項(昭和四九年法一七号改正前のもの)本文の規定により、右収入金額八五五万円の一〇〇分の五に相当する金額四二万七五〇〇円となる。
(ハ) 資産の譲渡に要した費用 二〇〇〇円
(昭和四九年分)
(1) 総所得金額 二〇八万九七〇〇円
原告申告にかかる事業所得および不動産所得の合計額
(2) 長期譲渡所得の金額 一五九五万八一〇〇円(算式(イ)―(ロ))
(イ) 総収入金額 一六七九万八〇〇〇円
右金額は、原告が昭和四九年三月三〇日、訴外磯部午之助に対し、別紙物件目録(二)記載の土地(以下「本件土地(二)」という。)を三九五万八〇〇〇円で、訴外伊藤久規に対し、別紙物件目録(三)記載の土地(以下「本件土地(三)」という。)を五八四万円で、同年五月二〇日、訴外山田保代、同山田弘子に対し、別紙物件目録(四)記載の土地(以下「本件土地(四)」という。)を七〇〇万円で、それぞれ譲渡してえた代金の合計額である。
(ロ) 取得費 八三万九九〇〇円
原告は、本件土地(二)ないし(四)を昭和二七年一二月三一日以前から引き続き所有していたもので、右各土地の取得に要した費用は、措置法三一条の三第一項(昭和五〇年法一六号改正前のもの)本文の規定により、右収入金額一六七九万八〇〇〇円の百分の五に相当する金額八三万九九〇〇円となる。
(三) 本件課税処分(一)(二)の適法性
右のとおり、原告の昭和四八年分総所得金額は一九五万八三〇〇円、長期譲渡所得の金額は八一二万五〇〇円、昭和四九年分総所得金額は二〇八万九七〇〇円、長期譲渡所得の金額は一五九五万八一〇〇円となり、各年分につき右金額と同額でなされた本件課税処分(一)(二)は、いずれも適法である。
(四) 特定の事業用資産の買換えの場合の課税の特例運用について
(1)(イ) 原告は、本件土地(一)を昭和四八年中に、同(二)ないし(四)の土地を昭和四九年中に譲渡したのであるから、原告が、措置法三七条一項の規定の適用を受けるためには、それぞれその年の一二月三一日までに買換資産を取得すべきところ、原告はいずれも右期間内に買換資産を取得することができないことを理由に、右各年の翌年中に買換資産の取得見込があり、かつ、その取得の日から一年以内に、これを事業の用に供する見込があるとして、措置法三七条四項、同法施行令二五条一七項(但し、本件土地(一)については旧施行令二五条一五項)、同法施行規則一八条の四第二項に規定する買換承認の申請書および措置法三七条四項、一項の適用を受けて計算された確定申告書をそれぞれの法定申告期限内に所轄税務署長である被告に提出し、被告の承認を受けた。
その後原告は、当該買換予定資産である建物は、その新築工事請負契約の内容と異なつたもので本来の目的に従つた使用ができないため残代金の一部支払を拒否し、約定どおりの完全な建物の引渡が遅延していることを理由に、名古屋地方裁判所に対し、原告主張のとおりの損害賠償請求等の訴訟を請負人である西里工務店らに対し提起するに至つたが、原告は、以上のような建物建築請負契約に基づく紛争は、措置法三七条四項かつこ書所定のやむを得ない事情に該当するとして本件土地(一)ないし(四)の買換資産の取得期限をすべて昭和五一年一二月三一日まで再延長されたい旨を被告に対して申し立てた。そこで、被告は、原告の右申立を理由あるものと認め、原告の延期申請を承認した。
(ロ) しかるに、原告は、昭和五一年一二月三一日の最終取得期限に至つてもなお買換資産を取得した事実が認められなかつたので、被告は、措置法三七条の二第三項の規定に基づき本件課税処分(一)(二)を行つたものである。
(2) 原告は、最終承認期限である昭和五一年一二月三一日までに事業用買換資産として本件建物を新築し、その所有権を所得した旨主張する。しかし、措置法三七条に規定する買換資産の「取得の日」とは、本件のように、他に請け負わせて建築等をした資産については、請負建築業者から当該資産の引渡を受けた日と解するのが相当であり、課税庁もそのように取り扱つている(所得税基本通達三三―九(三))ところ、本件建物は、次に述べるとおり現在に至るも請負建築業者西里工務店から原告に引き渡されていない。
(イ) 本件建物は、注文者である原告と請負業者である西里工務店との間において、<1>注文者の使用する土地の上に請負人が材料全部を提供して本件建物を建築すること、<2>本件建物の引渡の時期は、完成の日から一〇日以内とすること、<3>請負代金の支払は、契約成立のときに五〇〇万円、部分払合計一六〇〇万円、完成引渡のとき(昭和四九年五月末日)一〇〇〇万円とする旨の契約が締結され(乙一号証、乙二号証)、建築された建物である。
ところが、本件建物が完成したにもかかわらず、原告は、工事代金のうち完成引渡時の一〇〇〇万円と西里工務店の主張する追加工事代金四九〇万六三三六円の合計額一四九〇万六三三六円の支払を拒み、工事代金合計三一〇〇万円の約三分の一はいまだ支払われていない(乙二号証)。
(ロ) 建築業界では、建物が完成し、請負工事代金の全額が支払われれば、建物の鍵を引き渡し、これをもつて建物を引き渡したとする慣習の存するところ、西里工務店は、原告が工事代金の残額等の支払を拒んでいるため、原告に対しいまだ、本件建物の鍵の引渡を行なつておらず、したがつて、本件建物は完成以来空家のまま現在に至つており、原告が使用した形跡は認められない(乙二号証)。
(ハ) 原告は、西里工務店ほか三名を相手方として本件建物の引渡等を求めて名古屋地方裁判所に提訴しており(名地裁昭和五一年(ワ)第八二三号、一三五四号)、同訴訟において、本件建物の引渡を受けていないことは、原告も自認しているところである。
(ニ) 表示登記の申請にあたり通常添付が要求される建築確認通知書(建築基準法六条三項)および検査済証(同法七条三項)またはこれにかわる引渡証明書は西里工務店が保存し、いまだ原告に交付されていない。本件建物の表示登記は西里工務店の知らない間に原告が勝手に行なつたものである(乙二号証)。
以上に述べたとおり、本件建物は西里工務店から原告に引き渡されていないのであるから、原告は買換資産(本件建物)を取得していないものというべきである。
(3) 原告は、本件建物の敷地の地代や電気料の支払をしていることから、本件建物を事業の用に供している旨主張する。
しかし、措置法三七条一項に規定する「事業の用に供する」とは、その買換資産を社会通念上もつぱら事業稼動のため使用していることを指し、一時的に材料置場に使用したり、また単に、自己の事業の用に供しうる状態で保持しているのみでは足りないと解すべきであるから、原告主張事実が仮りに存したとしても、右事実のみではいまだ本件建物を事業の用に供しているものと認めることはできない。
(4) 原告は、原告が西里工務店から本件建物を取得していないとしても、それは同工務店の責に帰すべき事由に基づくものであり、原告の責に帰すべき事由に基づくものではないから、かかる場合は措置法三七条の適用に関しては、原告が承認期限までに資産を取得し、事業用に供しているものと同一視し、同条を適用すべきである旨主張する。
しかし、措置法三七条は、土地政策上の課税の繰り延べを本旨とし、譲渡取得課税の例外的措置を定めたものであるからその条文に即して厳格に解されなければならないのみならず、しかも、同条四項かつこ書は、同条一項の規定の適用範囲の拡大を一定の「やむを得ない事情あるとき」に限定し、かつ、買換資産の取得期限延長の最長限を明定していることに照らせば、仮りに原告主張のとおり本件建物の引渡遅延が原告の責に帰すべき事由に基づかなかつたとしても、原告が右取得期限内に本件建物を取得できなかつた以上、本件に措置法三七条一項を適用する余地のないことは当然であつて、原告主張のように、資産を取得し、事業の用に供しているものと同一視し、措置法三七条一項を適用し、同法三七条の二、第二、三項の適用を排除すべしとする見解の失当なことは、多言を要しない。
4 被告の主張に対する原告の認否
(一) 被告の主張(一)は認める。
(二) 同(二)は、昭和四八、九年分の総所得金額は認める。右各年分の長期譲渡所得の金額の各数値および別表の税額は、仮りに本件土地(一)ないし(四)の譲渡につき、措置法三七条の適用がないとした場合、被告主張のとおりとなることは認める。
(三) 同(三)は争う。
(四) 同(四)中、(1)(イ)は認めるが、同(ロ)は否認する。(2)のうち、本件建物の請負契約の内容が被告主張のとおりであること、原告が完成引渡時に支払う約定の一〇〇〇万円を支払つていないこと、原告が、被告主張のとおりの訴訟を提起していることは認めるが、その余は否認する。(3)(4)の事実および主張は争う。
三 証拠<省略>
理由
一 請求原因(一)(二)の事実(本件課税の経緯)、被告が昭和五二年一〇月二一日付をもつて、原告が特定事業用買換資産をその取得期限である昭和五一年一二月三一日までに取得していないことを理由に、措置法三七条の二、第三項、国税通則法六五条一項に基づき、本件課税処分(一)(二)をなしたこと、右買換資産の最終取得期限が昭和五一年一二月三一日と決定されるに至るまでの経緯がすべて被告主張(四)(1)(イ)のとおりであることは当事者間に争いがない。
二 そこで、まず原告が右最終取得期限である昭和五一年一二月三一日までに措置法三七条一項所定の買換資産として本件建物を取得したか否かについて検討する。
(1) 原告は、買換資産取得のために西里工務店との間に本件建物建築請負契約を代金三一〇〇万円で締結したこと、右契約の内容は<1>注文者たる原告の使用する土地上に、請負人たる西里工務店が材料全部を提供して本件建物の建築をなすこと、<2>本件建物引渡の時期は完成の日から一〇日以内とすること、<3>請負代金の支払は、契約成立時に五〇〇万円、中間時に一六〇〇万円、完成引渡日(昭和四九年五月末日)に一〇〇〇万円の約定が存したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、原本の存在および成立に争いのない甲一九号証の二の一、同号証の三の三、弁論の全趣旨により原本の存在および成立を認めうる甲一九号証の二の二、同号証の三の一、二、同号証の四、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められることにより真正に成立したと推定される乙二号証、証人志水義祐の証言、原告本人尋問の結果によれば、右請負契約締結の日が昭和四八年一二月三〇日であり、本件建物敷地は、原告の賃借にかかるものであること、本件建物の使用目的は、印刷工場兼貸事務所であつたこと、そして、西里工務店は昭和四九年五月末日までに本件建物を完成させたこと、ところが、本件建物が右請負契約の約旨どおりに完成されたものであるか否か等について、原告と西里工務店あるいは設計を担当した訴外羽根田建築事務所との間で紛争が生じ、原告主張どおりの訴訟が提起(右訴訟提起の事実は、当事者間に争いがない。)されるに至り、原告は、完成引渡日に支払う約定の一〇〇〇万円の支払を拒否し、かつ、西里工務店請求の別途追加工事代金約四九〇万円の支払も拒否していること、そのため、原告は、西里工務店から本件建物の引渡をいまだ受けていないこと、一方、西里工務店は右工事残代金一〇〇〇万円と前記追加工事代金約四九〇万の支払を求めて、反訴を提起したこと(名古屋地方裁判所昭和五一年(ワ)第一三五四号事件)、以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。
(2) ところで措置法三七条に規定する特定の事業用資産の買換の場合における課税の特例は、事業用資産を譲渡した個人が同条に規定する期限内に買換資産を取得し、かつ、取得の日から一年以内にこれを事業の用に供することを適用要件としているところ、同条にいう「資産の取得の日」とは、注文者の所有または使用する土地の上に請負人が材料を全部提供して建築した本件のような買換資産については、特段の事情(工事完成と同時に右資産の所有権が注文者に帰属するという明示もしくは黙示の合意の存在等)のない限り、注文者が請負業者から当該資産の引渡を受けた日を指称すると解するのが相当である。
右のように解することが、取引界の実状に照応するものであることは、多言を要しないところであり、被告主張の所得税基本通達三三―九(三)は、右に副うものであつて、合理性を有するものと認める。そして、本件全証拠によるも、本件請負契約について、特段の事情は認められない。
してみると、原告が未だ本件建物の引渡を受けていないことは前記のとおりであるから、原告は、買換資産を最終取得期限である昭和五一年一二月三一日までに、未だ取得するに至つていないと認める外はない。
もつとも、成立に争いのない甲三号証の一ないし五、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件建物の敷地の地代を昭和四九年一月以降現在まで支払つていること、原告は西里工務店から本件建物の鍵を渡されなかつたが、合鍵を作つて本件建物に立ち入り、本件建物の一階一部分を暫定的に印刷用の紙類等の置場として使用していること、原告は昭和五三年一月ころから本件建物の電気料の支払をしていること、以上の事実を認めることができるが、これら事実は、いずれも、西里工務店から引渡を受けたという事実を立証する証拠とはなし難いことは多言を要しないところであるから、これら事実は、前記認定を左右するに足りる証拠とはなし難い。
また、本件建物について昭和五一年六月一二日付で原告名義の表示登記がなされていることは当事者間に争いがないが、右事実のみでは、前記認定をくつがえすに足りない。
三 次に原告は、「原告が本件建物を最終承認期限日までに取得できなかつた理由は、西里工務店の責に帰すべき事由によるものであつて、原告の責に帰すべき事由に基づくものではなく、かかる場合は、たとえ原告が本件建物を取得していなくとも、措置法三七条の適用上は、原告が承認期限日までに本件建物を取得し、事業の用に供しているものと同一視し、同条を適用すべきである。」旨縷々主張するけれども、土地政策上の課税の繰り延べを本旨とする措置法三七条は、譲渡所得の課税の例外的措置を定めたものであることおよび課税処分の大量的、定型的処理の要請等にかんがみると、同条の解釈については、その条文に即して厳格に解さるべきものであり、しかも同条四項かつこ書は、同条一項の規定の適用範囲を一定の「やむを得ない事情」がある場合に例外的に認めたものであり、かつ、右かつこ書が買換資産の取得期限延長の最長限を明確に規定していることに照らせば、仮に原告主張のとおりの事情が存し、かつ、それが「やむを得ない事情」に該当するとしても、右規定に基づき税務署長が認定した最終取得期限内に買換資産を取得できなかつた本件のような場合、更に例外を認め、原告が本件建物を最終承認期限までに取得し、かつ、これを事業の用に供していると同一視し、同条を適用するようなことが許される道理は全く存しないことは、多言を要しない。
また、引渡遅延の理由が、真に請負業者の責に帰すべき事由に基づくものであれば、納税者は、措置法三七条の特例の適用を受けられなかつたことによつて増加した分の税額相当額につき、請負業者に対し、損害の賠償を請求できると考えられるから、以上のようにして解しても、原告に著しい不利益を与えるものとは認め難い。
以上の説示に反する原告の主張は採用できない。
四 以上に説示したところによれば、原告は最終取得期限である昭和五一年一二月三一日までに事業用買換資産を取得できなかつたと認めるほかはないから、本件建物の完成につき原告主張のような瑕疵ありか否か、その責任の所在および本件建物が事業の用に供されているか否か等について判断するまでもなく、本件建物に措置法三七条一項を適用する余地は存しないことは明らかである。
してみると、被告が昭和五二年一〇月二一日付をもつて原告の本件土地(一)ないし(四)の譲渡所得につき、措置法三七条の二、第三項、国税通則法六五条に基づき、更正および過少申告加算税を課する処分をなしたことは、正当である。
五 そして、原告の昭和四八年分および昭和四九年分の各総所得金額については、当事者間に争いがなく、右各年分の各長期譲渡所得の金額およびその算出根拠となる数値ならびに税額が、本件に措置法三七条が適用されないときは、被告の主張(一)(二)のとおりとなることは原告の自認するところである。
以上の次第であるから、右各金額と同額でなされた本件課税処分(一)(二)(国税通則法六五条による過少申告加算税賦課決定を含む。)はいずれも適法である。
六 よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松本武 澤田経夫 加登屋健治)
別表及び物件目録<省略>